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最高裁判所第一小法廷 昭和22年(れ)8号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人高橋武夫上告趣意は「原判決は「被告人は背後から安男のため頚部を掴まへられたので之を拂除けるため手拳を以て同人の顏面を毆打し因て同人の顏面に打撲擦過傷を蒙らしめたものである」との事実を認め其の證據として「被告人の當公廷に於て安男に判示の打撲擦過傷を蒙らせたことを除く判示同趣旨の供述と醫師阿部勇吉の廣本安男に對する診斷書に判示傷害ある旨の記載とを綜合して之を認める」旨を判示せられた仍て原審公廷に於ける被告人の供述を閲するに「問、工場ニ寢テ居タ廣本安男ガ追掛ケテ來タノデ捕ヘラレマイトシテ暴行シタノカ、答、藁塀ニ足ヲカケテ逃ゲカケテ居ル時後カラ捕ヘラレタノデ之ヲ拂ヒノケタノデアリマス、問、何處ヲ掴ヘタノカ、答、首ヲ掴ヘラレタノデス、右手デ藁塀ヲ掴ヘテ居タノデ右手デハネタノデアリマス、問、手拳デ顏面ヲ毆ツタノデハナイカ、答、拳デハアリマセン、右手デハネタノガ頬ニ當ッタノデアリマス、問、何回ハネタカ、答、一度デハ離サナカッタノデ二度ハラヒノケマシタガ二度目ニヤット手ヲ離シマシタ、辯護人ハ裁判長ニ告ゲ被告人ニ對シ、問、手デ拂ヒノケタ程度カ、答、ハイ無意識ニ首ヲ掴ヘラレタノデ拂ヒノケタノデアリマス、問、安男ヲ傷付ケ樣トカ叩イテヤラフトカ云フ考ガアッテヤッタカ、答、其ノ樣ナ氣持ハ全然アリマセンデシタ」とあって被告人は安男のために首を掴へられたので無意識に手で二回程拂ひ除けたものが安男の頬に當ったのであって被告人の主觀に於て安男に對し暴行傷害を加うるの意思は亳もなかったものである。即ち被告人の該行爲は無意識に因る反射行動であって傷害の犯意と云うものは認められない。然るに原判決は斯る被告人の原審公廷に於ける供述を證據として傷害の犯意を認めたのであるから結局犯意の點に付ては證據に依らずして之を認めた違法が存すると信ずる。仍て破毀を兔れない。」というにある。

しかし、原判決においては、被告人が逃げかけておるとき後から首を捕えられたので手で拂いのけたことの供述を證據として掲げてある。これよって、暴行の意思を認定したのは、肯定し得るところである。論旨は、傷害の犯意は認められぬと主張するが、暴行の意思あって暴行を加え傷害の結果を生じた以上、たとえ傷害の意思なき場合と雖も、傷害罪は成立するものといわねばならぬ。從って原判決には、證據によらずして傷害の犯意を認めた違法はなく論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文の通り判決する。

この判決は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 齋藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)

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